みずがめ座で満月



21日の朝、10時45分にみずがめ座で満月。

今回の月は、私の自己像の場所を照らしながら満ちた。

ちょうど昨日から、今の自分について考えていた。


昨日、うちの猫と一緒に思い出した友だちは、中学生のころに知り合い、それからときどき遊んでいた女の子。

話のやりとりが面白く、ふざけるのが好きな、元気のよい姿が頭に浮かぶ。


大人になってからも、たまに会っていたけれど、ここ何年かはずっと会っていない。

最後に会ったときを思い出すと、ちょっとせつない。

彼女は悩みを抱えていて、持ち味のユーモアや元気さが影をひそめ、疲れていた。


そのとき私も、体調が悪く、自分のことで精一杯だったから、ただ話を聞くだけで、なんともできずに、それぞれの生活は、別々に進んでいった。



今、私は、そのときには知らなかった、占星術やタロットやフォーカシングの技術を身につけている。

それは、悩みを解きほぐし、一緒にどうすればいいのか考えるための役に立つもの。



そのことをふと考えて、ずいぶん先まで来たんだな〜、と思う。

今は当たりまえになっているものだけど、知らなかったときの自分が感じた無力さ、悲しさと比べると、今の自分にできることを、頼もしく、うれしく感じられた。

あの子はどうしているかな。今会ったら、私たちはどんな話をするだろう。



うちの猫


実家の猫の名前は、ピッピ・ピッチ、という。

かわいがり過ぎる家の人が、お気に入りの絵本のなかに登場するキャラクターの名前をふたつも付けた。

「長靴下のピッピ」と「子猫のピッチ」

それでふだんは、ピーちゃんと呼ばれる。

「ピーちゃんはものすごく可愛い!」とつねに話して聞かせていた友だちが、家に遊びに来たときのこと。


玄関先のブロックの上にのっかって、こちらをクールに見ているピーちゃんを見つけた私は、友だちにピーちゃんがいるよ♪、と教えた。

友だちは、「え、どこ?」となかなかピーちゃんに気づかずキョロキョロしたあげく、私が指さした先を見て、

「・・・・・・ただの白くて大きい猫やわ〜w」と言った。

(※注 友だちと私はけっこう冗談で意地悪ぽいことを言い合う仲だったから)


、、、そっか、一般的にはそう見えるのかぁ、と私ははじめて知ったのだった笑



うちの猫って、めちゃめちゃ可愛く思えるんだよね。

あ〜、ピーちゃん会いたい♪




毎朝一枚タロットカードをひいて、夜、その日起こったことと照らし合わせている。

一昨日引いたカードは、STRENGTH ”力”

その日のフォーカシングで私の中にでてきたイメージは、元気いっぱいの女の子と、思慮深い女性だった(私の中の)。

その夜、そのイメージと、朝引いたカードの意味がピッタリつながることに気がついた。


女の子は、生命力そのもの→ライオン

思慮深い女性は、ライオンをなでている。


私のイメージの中では、女性は女の子をうしろから見守っていて、女の子は自由に飛び跳ねていた。

原始的ともいえそうな、生命力から飛びだしてくる直観、が導くところへ、これまで培った知恵や知識を駆使しながら進んでいく、という感じ。


思慮深い女性(思考)、が未来を導くのではなく、イキイキと動いている女の子(直観)が、未来をさしていく、んだと思った。




私の中の

昨日は、月に一回のフォーカシングの勉強会だった。

フォーカシングは体の感覚から、そのとき感じている気持ちを探っていく、カウンセリングの一種。


昨日意識していたのは、感情や体に感じる何か、と自分自身を同一化させない、ということ。


たとえば、「私は悲しい」と言ったら、私=悲しみ、になるので、悲しみのループから抜け出しにくい。


でも、「私の中に悲しんでいる一部分がある」と言えば、悲しみは"私"の一部分なので、私がその悲しみから少し離れたところから、悲しみに寄り添い、何を言いたがっているかを聴いてあげることができる。


昨日、私の体の感覚から出てきたイメージは、元気にピョンピョン飛び跳ねている女の子と、それを温かく見守っている思慮深そうな女性。

そして、その光景をみて、「気持ちよい」と感じている”何か”。

”私”は、そのすべてを全体的に見守っていて、その女の子に寄り添ったり、女性に寄り添ったり、”何か”の感じに寄り添ったり、できる。

そうすると自然に理解できてくることもある。


私は、このときのイメージから、「私のなかの元気な女の子がノビノビ動いていくのに、ついていけばいいんだな」と理解できた感じ。




ハプナで獅子座会


昨日は、横浜市石川町のハプナさんで、獅子座会でした。

今回もとっても深く興味深かった。


獅子座さんのイメージ、変わりました!

私は星座会のあとはその場の空気のなかにでてきた何かに酔ったようになる。
今もまだそんな感じです。

このエッセンスを言葉にできたらいいな。

また書こうと思います。


企画・運営のマリエさん、言い出しっぺのももちゃん、参加してくださったみなさま、ありがとうございました(^^)

すべてあるがままに



朝、部屋の窓から撮った写真。

昨日の夜、宮崎の友だちが、ふと私を思い出したとメールをくれ、窓の外には何が見えるの?と聞かれたので、この写真を送った。
こんなふうに気にかけてもらえるなんて、とても幸せだと思う。ありがとう(^^)


この風景、日常なのだけど、あらためて見てると何だか胸を打たれる。

私にとって人生の大きな転換期に、たどりついた場所だからかもしれない。

3年ほど前に宮崎から関東に出てきた私は、震災のあと、宮崎に帰るべきかしばらく悩んでいた。

そして、まだハッキリと先が見えていないながらも、やはりこちらに留まろう、自分らしく暮らせる場所を見つけよう、と決心した後に、この部屋を見つけた。

ここに住んでちょうど2年。来てよかったって心から思う。



題名の『すべてあるがままに』は今読んでいるフォーカシングの本のタイトル。

自分の内面でおこっていることを、そのまますべて受け入れることについて。


フォーカシングは、体の感覚から本当の気持ちを探るカウンセリングの技法。

悩んでいたとき、私はこの方法でずっと答えを探していた。

そして今思うのは、やはり心と体は、自分にとって本当に必要なものをちゃんと知っているんだ、ってこと。


心と体はつながっていて、大切なメッセージをいつも送ってくれている。



夏と秋の味



日向夏(ひゅうがなつ)と日向夏ゼリーと、比沙屋の京焼き栗(HP)。

日向夏は宮崎の夏の風味。酸っぱくて爽やか☆

焼き栗は、乗りかえのとき駅の構内で買ったもの。

ほくほくでかなり美味しかった〜♪♪


食べながら、鶴瓶さんの「家族に乾杯」バンクーバー編を見ていたんだけど、カナダに住んでみたくなった。

移住している人たちもたくさんいて、さまざまな国の人たちが住んでいる。

会うひと会うひとが温かくておおらか。

のびのびと日常を楽しんで暮らしているように感じる。

そして、家族について、生き方について、の考え方がとっても素敵なのだった。



新しい土地にすぐなじむには



旅行や引っ越しであたらしい土地に行ったとき、はやくなじむ方法は、その土地の水を飲むこと、だそう。

そうするとその土地の”気”となじむから。

以前、メグロビオティックのめぐちゃん(HP)が教えてくれた。


昨日は、友だちの家で、お里の宮崎から送られてきた野菜と調味料でつくった料理をごちそうになった。

育った土地の食べ物は、いっそう元気をくれる感じがする。



電車

 

今朝、通勤電車のなかで、座っている私の目の前に立っていたキレイなお姉さんが、ドサッと倒れ込んできた。

そのとき、私は目をつぶっていたから不意打ちで、すごく驚いた 笑

電車が大きく揺れてバランスを崩したみたい。


写真は地下鉄の中吊り広告。可愛いのでおもわずパチリ。




理解すること

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今日は心理学的なアプローチで星を読む研究会。


子どもの頃に厳しい環境で育つと、そこで生き抜くためにさまざまな防衛手段を身につける。

その防衛手段は、くせになっている。

だから、大人になって、もう必要がなくなったとしても、無意識に使ってしまう。

そのクセが、ものごとを複雑にしてしまう場合は、変えていくほうがいい。

そのためには、まず、クセができていった背景を理解すること。

理解するのは、許さなければならない、ということではなくて、ただ知る、こと。


子どもの頃の環境でできたパターンが、今も影響してるっていうのは、人の心や行動を考えるとき、根っこにあるテーマだな。。。