大草原の小さな家



今日の占星術応用講座で盛り上がったのが、

映画や本などの、お気に入りの登場人物は、どんなホロスコープをしているのだろうって話。

ある人は、『風とともに去りぬ』のスカーレット・オハラ。


やはり、思い入れが強い人物像には、その人自身の特徴が重なっているように思う。


今、私がすぐに思い浮かべるのは『メアリー・ポピンズ』♪

こういう人になりたい♪



そして、今日もうひとつ思いだした本がある。

バイブルのように子どもの頃くりかえし読んでいた、『大草原の小さな家』。


これはアメリカの開拓時代の家族のお話。

ドラマ化もされていたのだけど、ちょっと原作とちがう雰囲気で、私は本の方がしっくりくる。


私はそこに描かれる旅や生活が好きだったし、あえてそれを意識していない今も、そういう生活ができる人になりたい!、と思っている。

子どもの頃からすでに、自分がなにを望んでいるか、分かっているんだな〜、というのも興味深い。



小さい生き物

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昨日は、肌の調子が落ちつかないこともあり、家でゆっくりしていた。


ぼんやりしながら、または人と話しながら、ふっと理解できることもあって、よい時間が過ごせた感じ。



中庭で、大人になりかけの子猫が昼寝をしていたから、近づいたら逃げられた。

写真は、ウッドデッキの下に逃げ込んで、こちらをジィィと見ているところw、どこにいるか分かるかな。


自分の中にある、まだ言葉になっていない"何か"の感覚も、こんな小さな生き物のようなんだろうな、って思う。

ムリに捕まえようとする(=理由を問い詰めたり、説明をつけようとしたり、良いor悪いと判断したり)と、怖がって逃げてしまう。

けれど、こちらがリラックスして見守り、安心させれば、近づいてきてくれる。


まぁ、この子猫ちゃんは、私が写真撮りたい!撫でたい!と緊張感をかもしだしていたせいか、こんな感じだったけれど、笑

友だちの友だち



今夜は友だちの友だち達と一緒に夕ご飯。

はじめてお会いしたとは思えないほど、リラックスして話せた。

共通点が、心理学に興味がある、ってこともあるかもしれない。

いつも、人との繋がりに恵まれていてありがたいなって思う。今日もそう。




お先まっ暗

けっこう前だけど、カフェバーでのタロット占いのとき、

「私、もう、お先まっ暗なんです〜(/_;)」、と席にたおれこむように座ってきた女の子がいた。

私は何となく微笑ましかったのだけど。もちろん、真剣に悩んでいることも理解しつつ。


結局、今の生活では先が見えず、死んでるような気持ちになるけれど、新しい何かを始めたいんだ!ということに気づいて、生き生きとしてきた。



突然、今の生活に意味がないように感じられたり、ショックな出来事が訪れたとき、不安になることが多いかもしれない。


実は、自分が心の奥で望んでいたとしても、頭で気づいていないとき、変化は現状への違和感や、周りの出来事の動きからもたらされることもある。


それをきっかけにして、自分が何を望んでいるのかを探っていくと、次の新しい扉を、きっと見つけられる。




*****


昨日の夜は、頭のなかでグルグルと動いていて、まとまらなかった何か。
今朝起きたら、↑こんな文章になっていた。

ひと晩眠ると、まとまりやすいって、ホントにね(^-^)

みずがめ座で満月



21日の朝、10時45分にみずがめ座で満月。

今回の月は、私の自己像の場所を照らしながら満ちた。

ちょうど昨日から、今の自分について考えていた。


昨日、うちの猫と一緒に思い出した友だちは、中学生のころに知り合い、それからときどき遊んでいた女の子。

話のやりとりが面白く、ふざけるのが好きな、元気のよい姿が頭に浮かぶ。


大人になってからも、たまに会っていたけれど、ここ何年かはずっと会っていない。

最後に会ったときを思い出すと、ちょっとせつない。

彼女は悩みを抱えていて、持ち味のユーモアや元気さが影をひそめ、疲れていた。


そのとき私も、体調が悪く、自分のことで精一杯だったから、ただ話を聞くだけで、なんともできずに、それぞれの生活は、別々に進んでいった。



今、私は、そのときには知らなかった、占星術やタロットやフォーカシングの技術を身につけている。

それは、悩みを解きほぐし、一緒にどうすればいいのか考えるための役に立つもの。



そのことをふと考えて、ずいぶん先まで来たんだな〜、と思う。

今は当たりまえになっているものだけど、知らなかったときの自分が感じた無力さ、悲しさと比べると、今の自分にできることを、頼もしく、うれしく感じられた。

あの子はどうしているかな。今会ったら、私たちはどんな話をするだろう。



うちの猫


実家の猫の名前は、ピッピ・ピッチ、という。

かわいがり過ぎる家の人が、お気に入りの絵本のなかに登場するキャラクターの名前をふたつも付けた。

「長靴下のピッピ」と「子猫のピッチ」

それでふだんは、ピーちゃんと呼ばれる。

「ピーちゃんはものすごく可愛い!」とつねに話して聞かせていた友だちが、家に遊びに来たときのこと。


玄関先のブロックの上にのっかって、こちらをクールに見ているピーちゃんを見つけた私は、友だちにピーちゃんがいるよ♪、と教えた。

友だちは、「え、どこ?」となかなかピーちゃんに気づかずキョロキョロしたあげく、私が指さした先を見て、

「・・・・・・ただの白くて大きい猫やわ〜w」と言った。

(※注 友だちと私はけっこう冗談で意地悪ぽいことを言い合う仲だったから)


、、、そっか、一般的にはそう見えるのかぁ、と私ははじめて知ったのだった笑



うちの猫って、めちゃめちゃ可愛く思えるんだよね。

あ〜、ピーちゃん会いたい♪




毎朝一枚タロットカードをひいて、夜、その日起こったことと照らし合わせている。

一昨日引いたカードは、STRENGTH ”力”

その日のフォーカシングで私の中にでてきたイメージは、元気いっぱいの女の子と、思慮深い女性だった(私の中の)。

その夜、そのイメージと、朝引いたカードの意味がピッタリつながることに気がついた。


女の子は、生命力そのもの→ライオン

思慮深い女性は、ライオンをなでている。


私のイメージの中では、女性は女の子をうしろから見守っていて、女の子は自由に飛び跳ねていた。

原始的ともいえそうな、生命力から飛びだしてくる直観、が導くところへ、これまで培った知恵や知識を駆使しながら進んでいく、という感じ。


思慮深い女性(思考)、が未来を導くのではなく、イキイキと動いている女の子(直観)が、未来をさしていく、んだと思った。




私の中の

昨日は、月に一回のフォーカシングの勉強会だった。

フォーカシングは体の感覚から、そのとき感じている気持ちを探っていく、カウンセリングの一種。


昨日意識していたのは、感情や体に感じる何か、と自分自身を同一化させない、ということ。


たとえば、「私は悲しい」と言ったら、私=悲しみ、になるので、悲しみのループから抜け出しにくい。


でも、「私の中に悲しんでいる一部分がある」と言えば、悲しみは"私"の一部分なので、私がその悲しみから少し離れたところから、悲しみに寄り添い、何を言いたがっているかを聴いてあげることができる。


昨日、私の体の感覚から出てきたイメージは、元気にピョンピョン飛び跳ねている女の子と、それを温かく見守っている思慮深そうな女性。

そして、その光景をみて、「気持ちよい」と感じている”何か”。

”私”は、そのすべてを全体的に見守っていて、その女の子に寄り添ったり、女性に寄り添ったり、”何か”の感じに寄り添ったり、できる。

そうすると自然に理解できてくることもある。


私は、このときのイメージから、「私のなかの元気な女の子がノビノビ動いていくのに、ついていけばいいんだな」と理解できた感じ。




ハプナで獅子座会


昨日は、横浜市石川町のハプナさんで、獅子座会でした。

今回もとっても深く興味深かった。


獅子座さんのイメージ、変わりました!

私は星座会のあとはその場の空気のなかにでてきた何かに酔ったようになる。
今もまだそんな感じです。

このエッセンスを言葉にできたらいいな。

また書こうと思います。


企画・運営のマリエさん、言い出しっぺのももちゃん、参加してくださったみなさま、ありがとうございました(^^)

すべてあるがままに



朝、部屋の窓から撮った写真。

昨日の夜、宮崎の友だちが、ふと私を思い出したとメールをくれ、窓の外には何が見えるの?と聞かれたので、この写真を送った。
こんなふうに気にかけてもらえるなんて、とても幸せだと思う。ありがとう(^^)


この風景、日常なのだけど、あらためて見てると何だか胸を打たれる。

私にとって人生の大きな転換期に、たどりついた場所だからかもしれない。

3年ほど前に宮崎から関東に出てきた私は、震災のあと、宮崎に帰るべきかしばらく悩んでいた。

そして、まだハッキリと先が見えていないながらも、やはりこちらに留まろう、自分らしく暮らせる場所を見つけよう、と決心した後に、この部屋を見つけた。

ここに住んでちょうど2年。来てよかったって心から思う。



題名の『すべてあるがままに』は今読んでいるフォーカシングの本のタイトル。

自分の内面でおこっていることを、そのまますべて受け入れることについて。


フォーカシングは、体の感覚から本当の気持ちを探るカウンセリングの技法。

悩んでいたとき、私はこの方法でずっと答えを探していた。

そして今思うのは、やはり心と体は、自分にとって本当に必要なものをちゃんと知っているんだ、ってこと。


心と体はつながっていて、大切なメッセージをいつも送ってくれている。