『春になったら苺を摘みに』

 

すこし前に、梨木香歩さんの

『春になったら苺を摘みに』というエッセイを読んだ。

 

梨木香歩さんの作品でこれまで読んだことがあるのは、

 

『西の魔女が死んだ』

『家守奇譚』

『りかさん』

 

だったかな。

 

おおまかな記憶だけれど、

 

『家守奇譚』は、河童や植物の精が登場する、

幻影のような世界。

 

『りかさん』は、人形に魂が宿る、

日常のなかに影のような妖しさを垣間見る世界。

 

『西の魔女が死んだ』は、

直感力がきわまった超能力って、

誰でも研ぎ澄ませばもっているんだろうな、

と思った、魔女的な祖母と暮らす少女の話。

 

 

どれも不思議な印象があり、

他の本も読みたいなぁと思った、

好きな作家さん。

 

 

 

『春になったら苺を摘みに』は、

これまで読んだ小説の印象とはガラリとちがう

リアリティ、冷静な情熱、を感じさせるエッセイだった。

 

 

ものごとをみつめる澄んだまなざしと、

淡々とした語り口。

 

そのクールさの底に、

人という存在への愛情と洞察が力づよく流れている。

 

 

さきほどの小説を読んだときには、

それほど感じなかったのだけれど、

 

このエッセイを読んだとき、

「こんな文章を書ける人になりたい」と

ハッキリと思ったのだった。。

 

 

 

 

と、話がかわるのですが、

 

 

このブログは、わたしのなかで隠れ家的で、

つぶやきの延長のような感覚ですんなり書けるし、

それが楽しみ。

 

これとはちがう、

活動用のアメブロの更新はいま止まっていて、

 

今日、それをテーマに、

さっきフォーカシングをしてもらったら、

 

また書きたいなぁという気持ちと、

同時に、

今の時点で書こうと思うことはすっかり書いてしまったよな、

という区切り感、

とがあるのがわかったんだよね。

 

 

 

 

 

そして、

思いついた梨木香歩さんのエッセイ話から、

こうして今日のブログをかきはじめて、、、

 

 

いまふっと分かったのは、

 

3ヵ月間ほど、集中してアメブロを書いていたわたしから、

次のわたしへと、

いま移り変わろうとしているまっ最中なのかもしれない。

 

 

ひとつのプロセスが終わり、

次の始まりへと向かう、

無、の地点。

タロットでいえば、フール、愚者。

青虫から蝶になる中間地点のサナギ、ということですよ。

 

なるほどな〜っと、いま書きながら思ってる 笑

そうなのかもね。

 

 

ということで、

わたしの中ではちょっとした手ごたえがあったところで、

今日の記事は終わりにしよう(^^ゞ

 

とりとめがない本日のつぶやきに

おつきあいくださってありがとう♡

 

 

 

 

 

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