人の心がもつ、共感、という力

 

最近は、わたし自身の生活は大きくはかわってはいないものの、

関東や関西に住む兄弟姉妹、友人、の話をきくと、

これまでとはまったくちがう状況になっている不安定さ、

を身近に感じる。

 

わたし自身については、

体質に合わせて暮らし方をかえてきたら、

今の状態になった。

 

ある意味、

もともと自由に動けなかったから外出も必要以外にはせず、

やることも本当に必要なことにしぼるしかなかったので、

そこまでかわりがない、ともいえる。

 

(もちろん、いまは世界全体がそうなっているから、

状況はかなりちがうけれども)

 

 

そんなわたしの生活のなかでも、

かわってきたなぁと感じるのは、

フォーカシングの集い(オンライン)が、

いっそう濃ゆく、広がってきた、ってことかな。

 

わたしは毎日のようにセルフフォーカシングをする。

けれど、聴いてくれる相手:リスナーがいる方が、

より深く内側に入れるので、

モヤモヤなどがあって聴いてほしいときには、

フォーカシング仲間に頼む。

 

すぐにそういうセラピーがしあえる仲間がいるっていうのは、

そうとう心強い。

 

だから、わたしはフォーカシング的な対話ができる人が、

増えるといいなぁ、

みんながそうなると、

きっと世界はより調和して豊かに大らかになる、

と思っている。

 

 

10年間つづけてきたフォーカシンググループがあって、

そのままの自分でいられるみんなの率直さ、

それぞれの在り方を尊重し合っている安心感、

みたいなものがどっしりと土台になっているのが体感できる。

 

 

 

人はほんらい、調和(愛)と成長のプロセスをたどるようになっている。

 

けれど、地上的現実的体験のなかでは、

必ずといっていいほど、分離と抑制の体験をする。

 

分離と抑制の体験とは、

心や身体に傷を負う、

心からの望みを否定され、抑えこんでしまう、ということ。

 

まわりの人、そして自分自身の、心からの共感が、

その分離を癒し、調和へもどる助けになる。

 

この共感がえられないと、

分離と抑制のなかにとどまりつづけて、

つらい気持ちをくりかえし味わいつづける。

 

フォーカシングは、この停止してしまった状態に

共感と安心できる居場所をもたらし、

分離から、調和へともどる手助けをする。

 

 

人の心がもつ、共感、という能力。

人が意識をむける、ことで変化がおこる、という不思議。

とてもとても興味深い。

 

そんなことを想う今日。

 

 

 

 

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何年前だろう。。。5、6年くらい前かな??

につくったビジョンコラージュ。

この雰囲気は、今の生活に似ている。

 

引っ越しで手放したけれど、

実はこの後に、この写真とすごく似た自転車を手に入れてた(^-^)

 

ちっちゃい女の子は、

この後に生まれた姪っ子を思わせる。

 

おもしろいね

 

 

 

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