見えなかったけれどずっとそこにあったもの


いま空で、太陽が、

冥王星と90度になろうとしている。


明日14日、20時前くらいに、

ピタリと角度をとる。


そして、明後日15日の朝8時前くらいに、

下弦の月。

(心や身体、出来事への作用が強まるタイミング。

新月〜上弦の月〜満月〜下弦の月〜次の新月という、

およそ1ヶ月間のなかの、

4分の3番目の節目)



この月は、冥王星と木星とかさなっている。

(冥王星と木星は、1度くらいの差で、

まだ重なっているから。)



90度にある星は、

強烈なインパクトを与えるものの、

ふだんは意識しづらいものをあらわしている。


だから、それが働くと、

思ってもみなかったショックを受けたりする。


(全くちがうものの見方を知るのが、

刺激的で快感の人もいると思う。

変化を好むタイプかな。)



自分の意見や存在を否定されるような、

全くちがうものの見方を示されたりね。


自分の中になかった意識を

ムリやり開かざるをえない、

って感じ。



あるいは、

怖れて見ないようにフタをしていた部分に気づく、

ともいえる。



時には、

これまで否定され、

抑圧されていた本来の自分の力が、

目覚めさせられる、こともある。



いずれにしても、

はじめはショックだったとしても、


まずは気づき、意識を向ける。

ということができさえすれば、

それをあるがままに認めて親身によりそい、

自分の中に居場所をつくっておけば、


必要な時間をかけて、

自分の力の拡大、成長、につながる体験にしていける。





昨日のフォーカシング研究会で、

3セッションがあったのだけど、

http://chie909.jugem.jp/?eid=958


この3人のフォーカシングに共通していたストーリーは、



「“ずっとそこにあったんだけれど、

ちゃんと見えていなかったもの”

の存在、大きさ、重たさ、重要さ、

に気づく」

だったなぁ、と思う。



わたしは、

このストーリーは、

いまの空の、

太陽と冥王星の90度がつくりだす、

意識の動きと関係があると思った。




この会では、

わたしはリスナーとオブザーバーのみで、

フォーカシングはしなかった。


でも、はじめのセッションを、

まわりで見守りつつ、

わたしの中でも動き始めたものがあり、


途中で絵と言葉が

あふれるように流れでてきて、

ノートに書き留めた。



それは、


痛んだハートと

涙のしずくと

そのしずくが雨のように降りそそぎ

大きな流れになっている


というイメージ。



このハートは、

もちろんわたし自身のものでもあるし、


でもそれだけではなくて、

このフォーカシング研究会の場にいる

みんなのものでもあり、


さらには、

ここにはいなくても、

何らかの気持ちがつながっている人たち

みんなのものなんだなぁ、

という気がした。


もしかしたら地球ともつながっているかもね。





今日、ひとりでセルフフォーカシングをしたら、

わたしの中には豊かに水をたたえた、

穏やかな湖があった。


ひたひたと優しく打ちよせる波うちぎわには、

どっしりとした建物がたっている。

うすいグレーの石造りで、

回廊があり、

中庭は蓮の花が浮かぶ池になっている。



水がいっぱい。


水は、感情をあらわす。



水は、わたしにとっては、

見えない場所に隠されていたものなんだよね。


(フォーカシングや心理占星術をはじめてからは、掘り起こしてきた)




いま、わたしの気持ちは、

この湖や池のように穏やかで柔らかい。

何かが洗い流されたような。


いまはただ静かにそのムードを味わってる^ ^





ここ2、3日は、皆さんも、


「“ずっとそこにあったんだけれど、

ちゃんと見えていなかったもの”

の存在、大きさ、重たさ、重要さ、

に気づく」


かもしれないですね(^-^)








これは、

とくにこの記事に関係はないけれど、

チェコで大人気という人形劇を調べてみたらあったので、

http://chie909.jugem.jp/?eid=955

めずらしくて載せてみたよ(*^^*)♪



スペイブルとフルヴィーネク

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