勝海舟と坂本龍馬と徳川慶喜

 

いまは占星術のレポートで、勝海舟にとりくみ中。

今夜中に仕上げなければ。。。( ;∀;)

 

 

勝海舟といえば、坂本龍馬と組んで、黒船来航から本格的にはじまる日本の大改革期を、日本を分裂させたり、植民地化させたりせずに、のりきらせた影の立役者だ。

 

このふたりの活躍がなかったら、いがみ合う藩どうしを結束させて短期間であたらしい政府をたちあげることはできなかっただろう。

日本という国がなくなっていたかもしれない。

 

 

西洋占星術では、ふたりの出生図のチャート(生まれた時の星の位置を描いた図。その人の本質や成長の周期をあらわす)を合成して、ふたりが組むことで生まれるプロジェクトのありようを読み解く、という手法(コンポジット)がある。

 

その手法で、海舟と龍馬の合成チャートをつくると、日本を守りながらあたらしい時代への改革をグイグイと推し進めるさまがハッキリとあらわれているのがおもしろい。


ふたりのプロジェクトを推し進めるエネルギーは、

”広い視野を持ち大きな仕事を冷静にこなす”、

”侵害された権利を守るために必要な処置をとる” 

といったカタチであらわれる、と読める。

 

 

いっぼう、大政奉還、江戸城無血開城を決意した、時の将軍徳川慶喜は、海舟とうまが合わないながら、薩摩藩や長州藩と対等に交渉できるのは、当時の幕臣の中では海舟しかいない、という事実を認め、全権委任し処理をまかせる。

 

慶喜と海舟のコンポジットのチャートも、あたらしい時代への改革をあらわすものの、龍馬とのコンビのようなグイグイとした勢いはなく、


むしろ、葛藤しながら、悲嘆にくれながらも、断腸の想いで変化を受け入れる、といった試練や喪失感がつよくあらわれている。

 

 

古い体制を嫌い脱藩して、あたらしい時代への変化の波に乗ろうとした龍馬と。


時代の変化を理解しつつも、256年間徳川家が握っていた政権を自分の代で失う苦痛をつよく感じていただろう慶喜と。


その立場のちがいがはっきりとあらわれていてとても興味深いな〜と感心してしまった。

 

 

人の縁はどれも不思議。


とくにこれほどに時代の流れに大きく関わる存在のつながりを想うと、

天の采配はあるのではないか、とやっぱり考えてしまう。

 

 

そんなことを考えていたら、頭に浮かんだのはこの曲。

ふたりの生き方(チャートにあらわれた星のエネルギー)を合成することであらたに生まれるエネルギーは、

この歌みたいな縦糸横糸がおりなす布のカタチにとどまらず、曼荼羅のようにエネルギーがうずまくひとつの宇宙をつくる気がする。

 

 

 

 

 

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