わたしのなかに眠るもの


7月の皆既日食の冥王星が、2度差という近さでわたしのドラゴンヘッドのそばにあり、


部分月食では月が、わたしのドラゴンヘッドにかさなっていた。


おとといの獅子座新月から、だいぶ流れが変わってきた気がして、ふりかえってみると、


この7月という時期は、ルーツも含めて、家族というつよい水流の渦に巻きこまれているみたいだった。

蟹座の季節の日食にふさわしい。


具体的には、父と母のために集中して動いた。

いつもは遠くに住んでいる姉妹や叔母と協力してミッションを果たした。

大げさに聞こえると思うけれど、そんな気分になってすらいる。


まだ終了していないミッションもあり、まだしばらくは続くけれど、はじめのインパクトはのりきった、という感じ。


日食、月食の影響はほぼ6ヶ月続くと考える。

日食や月食がおこった月に、その影響がハッキリと現れて、6ヶ月の流れの肝を教えてくれるんだろう。



そんななかで、育った環境や両親との関係について、またちがう角度から理解する機会もできた。


より深くわかったこともけっこうある。

それはまた言葉にできたらいいな。



いま、なるほどな〜と眺めているのは、わたしの母方の祖母の出生ホロスコープ。


この祖母は、わたしが生まれる前に亡くなっている。

だから、わたしはこれまで母の話からしか、彼女をみてこなかった。

その情報もまた、多くもないのだけれど。


今回、母の妹である叔母とゆっくり話す時間があった。


叔母の視点からきく祖母は、母の視点からみる姿とまたちがう女性だった。


結局は、母は母の、叔母は叔母の、ものの見方というフィルターをとおして、祖母を見せてくれているに過ぎないんだね。



叔母と話していて、心に触れる何かがあって、ふと祖母の誕生日を聞いてみた。


会ったことがないせいか、思い出話しを聞くだけで満足していて、これまで彼女の出生ホロスコープをみようなんて、思いつきもしなかったんだけど。。



ホロスコープをひらいてみると、、、



祖母の金星は、わたしの金星とまったく同じ位置にあった。

少しのズレもない。


金星は、感性、美意識、人づきあい、愛、の象徴。



そして、彼女の木星は、わたしの仕事や社会的な生き方を現す、Mcにぴったりと重なる。

こちらも少しのズレもない。


さらに、彼女のドラゴンヘッドは、少しのズレもなく、わたしのドラゴンヘッドと90度。



彼女の太陽は、2度という少しの差で、わたしのドラゴンテイルと重なる。


つよい縁を感じる配置。

ドラゴンヘッド・テイルがからむと、宿命的、前世的意味合いも含まれてくる。



だから今回の日食、月食は、わたしと彼女の宿命的絆を照らしだした、ともいえる。




祖母は、結婚して岡山にうつり住むまで、東京で華やかに文化的な暮らしをしていた人だ。

当時で考えるとハイカラで、若い頃には、イギリス大使館で働いていたという。



わたしは生まれも育ちも九州で、ほどよい自然のなかで暮らすのが好きなんだけど、

同時に、東京の空気感がとても好きなんだ。


人混みやギラギラした感じは苦手なんだけどね、なんというか、昔から保たれてきたんだろうな〜という文化の香りを感じられるような場所が、すごくいいなと思う。


気のせいのようでもあるけど、東京に住む前から感じていた、憧れまじりのうっすらと懐かしい感覚は、もしかしたら、この祖母のものだったのかもしれないと、わりと真面目に最近思っている。


言葉で伝えられたものではなくても、身体や血をとおして、伝えられるものはあるのでしょう。


知ることで、わたしのなかで解放される何かもあった。


血の繋がりがなくても、受け渡していくときもある。

人の縁って本当におもしろいよね。




ひどく辛いとか落ちこむとか、ではないけれど、老いや病、自分ではどうしようもない流れのなかで、なんとかできることをしていくとか、どう死ぬかはどう生きるかと同じなんだなと感じたり、サポートしてくれる人たちの印象的な姿とか、父や母の言葉にならない絆とか。


深く繊細に心を掘りおこされるような時期で、ふと涙がでていることもある。単に悲しいとかではなくて、生きる不思議さ切なさ、めんどくささ、重たさ、素晴らしさ、愛しさ、みたいなものに否応なく触れてしまう感じ。


そんな心にしみて、さいきんなんどでも聴いてしまうこの歌。いいな。




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