私の中の

昨日は、月に一回のフォーカシングの勉強会だった。

フォーカシングは体の感覚から、そのとき感じている気持ちを探っていく、カウンセリングの一種。


昨日意識していたのは、感情や体に感じる何か、と自分自身を同一化させない、ということ。


たとえば、「私は悲しい」と言ったら、私=悲しみ、になるので、悲しみのループから抜け出しにくい。


でも、「私の中に悲しんでいる一部分がある」と言えば、悲しみは"私"の一部分なので、私がその悲しみから少し離れたところから、悲しみに寄り添い、何を言いたがっているかを聴いてあげることができる。


昨日、私の体の感覚から出てきたイメージは、元気にピョンピョン飛び跳ねている女の子と、それを温かく見守っている思慮深そうな女性。

そして、その光景をみて、「気持ちよい」と感じている”何か”。

”私”は、そのすべてを全体的に見守っていて、その女の子に寄り添ったり、女性に寄り添ったり、”何か”の感じに寄り添ったり、できる。

そうすると自然に理解できてくることもある。


私は、このときのイメージから、「私のなかの元気な女の子がノビノビ動いていくのに、ついていけばいいんだな」と理解できた感じ。




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