やぎ座とみずがめ座の適材適所


おなじく土星を支配星にもつ、

やぎ座とみずがめ座だけれど。


(正確にいうと、

みずがめ座の場合は、

支配星は天王星で、

土星は副支配星、となる。)



このふたつのサインは、

社会のために、

という意識がつよい。


土星がもつ “ムダのなさ”

という質を、

適材適所というキーワードで考えてみたら、


やぎ座は、

すでにできあがっている

組織や仕組みをうまく維持し、

管理できるように、

人材を適材適所で配置する。



みずがめ座は、

あたらしい構想を実現するために、

今の自分には足りない要素を、

補ってくれる仲間をみつけ、

協力しあって、

あたらしい仕組みづくりや発明にとりくむ、


というイメージかな、と思う。



だから、やぎ座では、

すでに出来あがっている、

組織や社会の価値観に合わせて、

うまく能力を発揮できる人が活躍しやすく、


みずがめ座では、

その人のもつ素質や個性をのびのびと発揮している方が、

お互いに見つけやすいし、

何らかの形で突きぬけている方が、

未知のものを生みだす能力が高い、

となるね。



今、空の土星はみずがめ座に入ったばかり。

6月までそこにいて、

7月〜12月はやぎ座にもどる。

そのあとはおよそ3年間、みずがめ座にいる。




今、これまで通りに暮らすことができない時期だからこそ、

(そして、これからは社会の仕組みも変わらざるをえないタイミングだから)


これからの生き方を考える時間も多い。


空の土星をガイドに、

今の自分に本当に必要なものを見極めてシンプルになり、


今の自分の力と、

他の人の力とをつなぎあわせつつ、

できることを増やしていくことを、

考える。



もし不安がでてきたら、

考えるのはやめて、

「ああ、今わたしはこんなふうに、

怖がっているんだな」

とそのままに見つめ、

ひたすら寄りそう♡



気持ちがモヤモヤとする時には、

わたしは、いくつか気を晴らす方法があって、


散歩する

植物にふれる

炭酸水を飲む

ジャンクなお菓子を食べる

大声で歌を歌う

好きな曲に合わせて踊る


などなど^ ^



大切な言葉


使う言葉は心や、身体、

そして魂にまで影響する。



わたしはかつては、

自分を責めたり辛くしたりするような言葉を、

無意識に使っていたけれど、


今は、

自分という大切な存在にむかって、

使う言葉を丁寧に選んでいる。



わたしが今自分にむかってよく言うのは、


かわいい♪

天才!

素敵♡


変えられないことはしょうがない、

じゃあ、まあいっか^ ^

つぎ行こう♪

(結果的にそれでよかった!ってこと多いしね)


(自分を辛くする考えが浮かんだら。

ネガティブな言葉がぜんぜん浮かばないってことはない。)

本当にそうだろうか?

そうじゃない(自分が励まされて、パワーが湧いてくるような)

視点から考えてみたら?


などなど。



何にもしないための言い訳に、

口あたりのよい言葉を使うのとはちがう。



イキイキと過ごすため、


まわりの目や失敗(と感じること)を怖れて動けなくなるのではなく、


やってみたいことに楽しんで挑戦するパワーを抑え込まないために、

そんな励まされる言葉を自分にかける。



まだ慣れない頃には、

そんな、、恥ずかしげもなく〜

なんて、

まだまだ甘っちょろかったけれど、



例えば、「かわいい」、や「綺麗」、とか、

まず姿形だけにかける言葉ではないよね。


自分も含めて、

その存在の愛おしさへ、

生命の尊さ、煌めきにむかって

愛をそそぐように使っている。


内側から、愛おしさ、煌めきがあふれる人は、

まわりに与える印象も、

かわいいし、綺麗だし、

愛にあふれている。



わたしは、まだ肌が腫れる時も多くて、

顔も腕も足も赤く腫れたり、

コンディションが最悪の時もあるけれど、


それでも、

身体が頑張ってくれていることを理解して、

ありがとうといい、


そして、この自分をまずそのままに受けとめ、

さらにラクに、綺麗になるねとおまじないをかける。


もちろん、辛い痛い、

人に見られたくない(T-T)

という感覚にも寄りそった上で。


(寄り添いつつ、落ち込むときにはちゃんと落ち込むし)




そして、そんなふうに自分の中が満たされると、

周りの人たち対しても自然に、


かわいいなぁ、

〇〇ちゃんって天才♪

綺麗、素敵だね〜^ ^

って気持ちが自然にあふれて

言葉にも出てくるよ。


なんてことを、

先日のファニーの会で語りました。

https://ameblo.jp/doragonkimika/entry-12582900761.html

「ファニーちゃんたち、

みんなかわいい〜って♡」

なんども言ってしまうわたしでした。


わたし自身もそうだし、

これからさらに自分を磨こうとしているファニーたち。

原石もかわいいけれど、

さらに煌めいていくのだろうな。

楽しみ。




大きな岩を動かす


コロナ騒動、まだ続いてはいますが、

はじめの頃よりは、


どういうもので、

いったいどのように対応すればいいの?

という不確かさは、

わたしの中ではだいぶ落ち着いてきている。


もちろん、感染しないように

できる対策をするのは今まで通りだけれど、


その上で、

必要な外出や集いはふつうにしてる。



昨日は、セルフヘルプと文化的刺激を楽しむ会、

ファニーアップルで、


今日はオンラインでフォーカシング研究会。



不確かさに揺れやすいこの時期に、

しっかりと自分の芯とつながることのできる時間を

こうしてもてるのは、

なんてありがたいんだろう、

ってしみじみ思う。



起こっている物事もそうだし、

ホロスコープで読んでもそうだけど、


いまそれぞれの人の中でも、

大きなエネルギーシフトが

確かに起こっているんだなぁと、感じる。



これまで見ないようにしていた大きな岩の重さに気づいた方、


その大きな岩を動かそうと、

踏ん張り出した方、


これまで地道に穴を掘ってきて、

大きな岩がようやくガクンと動き出した方、


大きな岩を動かした後に、

残っている石ころの残骸を、

根こそぎ取り除いてさらに軽くなり、

焦点が定まっていく方(わたしココかも^ ^)


ちょっとずつ大きな岩を押してきたので、

鍛えられて強いパワーを手にしている方、


などなど。



さまざまな段階で、

みんな、大きなエネルギーシフト(大きな岩を動かす)

に取り組んでいるのではないでしょうか。






継続セッション


最近、セッションを、

モニター的に継続でさせていただいて、

3回目が昨日。


そして今、

「わたしが試したかったのは、

こういうことなのかもしれない」

という手応えに触れつつある。



この感覚は、

ずっとわたしの中にあったし、

その方向性ははじめから変わってはいないのだけど、


よりくっきりとした意識になってきた、という感じ。


これは占星術やタロットでのセッションを始めた頃から

もっていた意識だけれども、


こうやって具体的に意識するには、

ここまでの経験が必要だったんだろうね。




これからも、やっていくのはほぼ同じこと。



ただ、よりいまのわたしが求めるものに、

そして、よりニーズに応えられるものに、

改造中って気がしてる。


気の利いたアイデアとアイテムを加えて改造したら、

見違えるように素敵になるものもあるよね(^^)♡





イメージを現実のモノにしていくって、


第一歩として、

頭の中にあるものを書き出す、

言葉にする、のもよいし、



まだハッキリとした言葉になっていなくても、

「こうかな?」と実際に試しつつ、

自分の内側と対話しつつ、


抱くイメージが実際にどう在るとふさわしいのか、

を分かっていくプロセスが必要な時もある。



ささやかなヒントをみつける


昨日はオンラインで、

占星術のシャーマニックシンボルという、

詩のようなお話のようなものから、

自分を読み解く遊びのような研究会。


自分のホロスコープの中の惑星のシャーマニックシンボルを読み、

感じて、話して、

最後に、いまの自分にとってのその意味を言葉にする。


出てきた言葉が、

しっくりくるかどうかを丁寧に確かめる。



何か足りない感じ?

だとしたら、どうすればしっくりくる?


形容詞をひとつ、付け加えるかどうか、試してみる。

よりしっくりきた。

というような、


ささやかにも思える調整部分が、

いちばん重要だったのではないか、

と後から気づくこともある。


後から付け加えた形容詞が、

その方にとっていちばん大切な意味をあらわしているんじゃないかな、と。


こういう違和感、

ふだんの生活をあわただしく過ごしていたら、見逃しがちだよね。


いまの自分にしっくりくるか、

違和感があるか。

自分を知るにも、

いまどうしたいかを知る、にも、

けっこう大事なヒントになるよね。







たくさんの花が咲き出して、

おとといは春一番のような強い風

(西風だったのでちがうらしい。

春一番は南風なんだそう。)


いろんな生き物が冬眠からさめて動き出しているのかな^ ^




心のちから

 

せんじつはまって調べていた勝海舟さんのレポートは、毎月つづけている占星術のサビアン研究会のなかで発表する。

そして、ほかの方のレポートや考察もききつつ、話しあって、深く研究していく。

 

勝海舟さんは、西洋占星術でいう魚座のシーズンに生まれた人。

だから、生き方の中に魚座エネルギーがあらわれる、と考える。

 

ほかの魚座生まれの方の生き方もふくめて、魚座の世界観にど〜っぷりとつかっていた。

魚座は、心や目に見えない世界やヒーリング、アートとかかわる。

 

そして、わかったことのひとつ。

 

 

 

心は目にみえないけれど、いまの自分の言動すべてを支配している。

 

自分の心のありように無自覚でいると、生まれてきた家庭にはじまり、自分をとりかこむ環境や、まわりの人たちから受けた影響で、自分の言動を支配する心は形作られる。ってことは、ほんとうの自分のものではなくて、他者に支配されている。

 

ちゃんと自分の人生を生きるなら、”わたしは何者で、どのように生きたいのか”をちゃんと知り、

そのように自分の心を整えて、のぞむ言動を生み出すように心のカタチを創造しなければならない。

 

 

わかりにくいかも。もっとわかりやすく言葉にできたら仕事用のブログでコラムっぽくまとめたい(^^)

 

 

ヒーリングも、カウンセリングも、当て物ではなく心を整えるための占いも、アートも。

心の創造にかかわっているね。

 

 

 

 

このごろ、すごく聴きたくてずっと聴いている、スピッツ。

 

この歌のタイトルのスピカは、恒星。

 

わたしには、フォーマルハウトという恒星がつよく効いている。

フォーマルハウトって、夢やヒーリングやアートや目に見えない世界をつかさどる惑星である海王星の大親分みたいなイメージ。

 

わたしには、海王星もつよく効いている。

フォーマルハウトも海王星も、魚座的世界につながるんだよね。

 

(ちなみに、海王星は、お酒や映像なんかにも関係があるよ)

 

魚座の理解が深まって、さいきん、海王星力やフォーマルハウト力についてもまえより腑に落ちてきた感じ。

この星たちのぶわわ〜っと夢のように心に浸透するエネルギーを、もっともっと使いこなせるようになるかな〜と期待しております。

 

 

 

 

マトリックス(母体)をつくる

 

今日は、東京在住のフォーカシング仲間とオンラインで話をしていた。

彼女は、フォーカシング活動をかなり積極的に広げていて、わたしはその話を聞いたり、オンラインでできる活動に参加させてもらったりして、おかげさまで地方在住で近くにフォーカシング活動ができる場をみつけられなくても、研究も体験も深めることができている。

 

いろいろなことを話した。

その中で、フォーカシング活動の母体をつくる、というものがあった。

 

フォーカシング協会の中枢で活動している共通の知人が、”トレーナーとしてそれぞれが個別にフォーカシングを伝える活動するにしても、まずはしっかりとした母体が必要。そのために母体となるフォーカシング協会を成熟させしっかりと育てたい。”と言っていたという話。

 

それで、ふたりで、そうかぁ、わたしたちはフォーカシングを広めるのに、トレーナーになる、という目標にまずはすぐに目がいったけれど、基盤づくりという分野もあるねぇ、と。

そちらにも積極的にかかわるとおもしろいよね、といった話をした。

 

「母体」 生み出すもの。生み出す機能。

キアヌ・リーブス主演の映画タイトルにもなった言葉「マトリックス」もそういった意味だと思い出した。

(あの映画も意味深でおもしろかった。)

もともとは子宮(Mater母+ix)を意味するラテン語由来だそう。

 

 

母体、子宮、といったイメージは、蟹座に属する。

占星術では、蟹座のシーズンのあとには、獅子座のシーズンが訪れる。

獅子座は、個人の生命力の炸裂、創造力・自己表現への欲求、を促進させる。

 

しっかりとした母体・基盤、をつくった上での、のびやかな自己表現、創造力の発揮。

そのイメージがいまわたしのなかでありありと展開している。

そういった母体づくりとは、すこし前の記事に書いた、わたしのソウルナンバーカード『3:女帝』のイメージにもつながるなぁと、思っているところ。

 

 

 

オヅさんの言葉


“ なんでもないことは流行に従う

重大なことは道徳に従う

芸術のことは自分に従う ”



いまはまっている映画監督の巨匠、小津安二郎さんの言葉。


(マイブームのうちに、心に触れたことを書き留めておきたいなと思って。

あとすこし、オヅさん話、つづくかも。。)



オヅさんは、作品づくりに関しては、徹底的に自分の生理的好き嫌いの感覚にしたがった。


ここをとことん、純粋につきつめたら、世界に通用する普遍的な価値観にたどりついたんだな〜と、感動した。



ものづくりに携わる人は、この感覚がつよくあらわれやすいと思うけれど、“生き方” もひとつのアート;ものづくり、だと考えてみたら、この言葉は、さらにずしんと重みをもって感じられた。



ホロスコープを読んでみても、星がしめす、持ってうまれたエネルギーを、オヅさんはめいっぱい活かしている。そこもまた感動するな


星がしめす羅針盤は、自分のなかにあり、感情や感覚を通して道をしめしている。


(感情を手がかりにするには、うわべのそれにふりまわされずに、その感情がなぜ生まれたのかという根源の “本当の願い” を抽出しなきゃならないけれど)


だから、自分の根源から湧きあがる本物の感覚に従うって、結局は、宇宙の調和の流れにそっていることなんだよね、ってあらためて、いつも、くりかえし、思うこと。


秋のバラ


庭に、秋のバラが咲き始めた。

花はたいていどれもきれいと思うけれど、バラは特別に好きだな。


形もどの色もきれい。

なにより匂いがすご〜くいい、胸いっぱいに吸いこんでうっとり。



よく女の人を花にたとえるけど、

(ことわざの「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」とかね^ ^)



わたしは何の花かな〜とふと考えてみた。


バラではない気がする。

大ぶりで鮮やかな、というタイプではないだろうな、と。


スミレ?

小さくて、あのムラサキ色はパステルとか原色のようにパアッと明るくはなくてちょっとシックだから。


でもおしゃべりして笑ってたりすると、まったくシックではないので、ヒマワリ?


子供が夏休みの絵日記に描くような大きいのではなくて、ヒマワリでもちょっと小さめの。

でも小さめのヒマワリよりは大きい太陽みたいな方が好み。



ぼんやり頭に浮かぶけど名前がわからないものも多くて、あんまり花の種類にくわしくないってことに気づいた、ので終了 笑。


わたしっぽい花、しばらくアンテナ立てて探してみよう。


何って話題ではないけれど、ふっといま思ってたこと書いてみた。



つづきはこちら

http://chie909.jugem.jp/?eid=854

天才には14歳で何かが起こる説 その2


前回の記事(http://chie909.jugem.jp/?eid=822)のつづきです。

ユーミンは14歳ではじめて作曲をした。
安室奈美恵さんは14歳でデビューした。
宇多田ヒカルさんは14歳ではじめて作詞・作曲をした。
それで、ミッツ・マングローブさんがこう言ったとか。
「世の中の天才と呼ばれる人の多くは何かが14歳で起きている。」


これを、占星術の星の周期で考えると納得する。

生まれた時に空にあった土星は、およそ29.5年でもとの位置にもどる。

もとの位置を0度として考えて、
7.4年で90度、
14.8年で180度、
22.2年で270度、
29.5年で360度。

この後も約7.4年ごとに、土星意識が強くはたらくタイミングがくる。


さて、土星意識が強くはたらくタイミングには、何が起きるのか。

土星意識は、これまで築いてきた建物(現実的な成果、仕事や家庭、社会的立場)をまず徹底中にしらべる。

ムダやムリがないか?
老朽化は進んでいないか?
その人の本質にそって機能しているか?

ムダやムリがあったり、老朽化していたり、本質からずれていると、いったん壊して、土台から建てなおすことになる。 
軌道修正ですね。

ムダやムリがなく、いま必要な機能が働いていて、その人の本質にそっていれば、バージョンアップさせる。
次のステップを実現するということ。

(土星意識はその人のなかにあるもの。空の土星が指令を出しているわけではない。
空の土星は、いまこういうタイミングですよーと伝えるだけ。星の動きは時刻表みたいなものですね^ ^。

だから、土星意識を感じて行動するのは自分。行動しないのも自由。
かなりプレッシャーを感じるだろうけれど。。

あと、その時必要なことをしなかったら、のちのちにもっと大規模な修正が必要になることもある。)


ユーミンは、バージョンアップですね。

6歳でピアノを習いはじめ、

14歳ではじめて作曲をする。

21〜22歳で、「あの日にかえりたい」がヒット、第一次ブーム到来。

30歳で、「守ってあげたい」がヒット、第二次ブーム到来。

(※ユーミンの場合は、土星の周期のおよそ1年前くらいに、空の土星が生まれた時の太陽に触れるため、土星意識が強くはたらきはじめるタイミングが1年弱早い。)


ユーミンの生まれた時のホロスコープを読むと、芸術性・創造性が生き方そのものになる人。


とても濃くエネルギーが集中している。

それを素直に発揮して生きているんだなーと思う。


11歳から三味線、14歳からベースも習いはじめている。

自伝などでくわしく調べた訳ではないけれど、芸術性や創造性を磨くのに理解がある、あるいは本人の意志を尊重する家庭だったんだろうな。


中学生から、麻布の文化人の出入りする有名なサロンに行きつけるなんていうのも、彼女の感性をさらに磨いただろうし、デビューのチャンスもつかみやすかっただろう。


本人が本来の才能を素直に育むことができ、
かつバージョンアップできるチャンスが現実に手にはいる環境にいるとき、天才は生まれるのかもしれない。




ところで、一般的に天才って、ほかの人よりダントツに秀でていて有名になった人、というようなイメージがあるんじゃないかと思うけれど。(私がそう思うってことかしら?)

天が与えた本来の才能をいかした人、ととらえると、誰にでもあてはまる。
有名になるとかは関係なくて。



どうしてもそうしてしまうこと。

周りからは苦労のようにみえることがあっても、本人はエネルギーを使っても苦痛とは感じず、熱心にとりくめること。

あたりまえのようにできること。

はじめは好きとは思わなかったけれど、やってみたら向いてるとわかること。


いろんな形でみえてくる、自分にしかない才能。


世間や常識、ほかの人の基準に合わせすぎていると見失うけれど、その人の独特さっていうのはみんなもっている。
おなじ人なんていないもんね。


早熟なのがいいわけでもなく、それぞれのタイミングがある。

素直にそれを花開かせていけたら素敵。


そのもっている才能がほかの人の助けになったり、喜びになったり、世の中で循環しはじめたとき、豊かさもうまれる。

土星はそうやって社会のなかで循環させるための洗練や方法を意識させ、いかすタイミングを教えてくれる。