わたしの中のインディ・ジョーンズ


インディ・ジョーンズ、シリーズ、

好きだったなぁと思い出したら、

そういえば今のわたしは、

インディ・ジョーンズっぽいこと、

叶えたなぁと、気づいた。


↑こんな世界観をイメージしたら、

ほんとに〜〜W(`0`)Wと驚き!

だろうけれど 笑



実際にそのままに、

というわけじゃなくて、

その姿に憧れていたエッセンスの部分を、ってこと。

ほんとざっくりとした感じでね。


どういうことかというと、

インディ・ジョーンズは、

考古学者であり、

秘境の冒険家であり、

トレジャーハンター。



わたしにとっては、


占星術、タロット、フォーカシングという、

ずっと探求し続けたいものを見つけた♡

→学者


人の心、無意識、と、

現実の出来事との関わりを探る

ワクワク体験

→冒険家


心の中で、痛みや怖れによって隠されていたところに、

実は、その方を解放して自分をとりもどし、

生き方をかえてしまうほどの宝物が

埋まっている。

それを解きあかすのが喜び

→トレジャーハンター



って具合に^ ^



夢中になる映画には、

自分の中に眠っている素質を、

見つけだすヒントがあるよね。


もちろん、映画でなくても、

小説や実在の人でもよいけれど。


映画は、ありありとその世界にひたれるから、

作用が大きいね。




これからの時代をイメージする


昨夜、星を眺めながら、

いろんな考えが浮かんできた。





今、世界的にショックな出来事が起こっている。

占星術でみても大きな転換期。

では、これから、

どんな時代になるのだろうね。


誰かからそれを教えてもらう?




と、外から答えをもらおうと、

してしまいがちだけど、

その姿勢自体が旧式なんだなぁ、

とまず浮かんできた。



誰かが「社会をこうしよう、

わたしはこう生きるのを望みます♡」

と語り、


それを聞いて、

「ああ、自分の中にも同じ望みがあるな♪」


と気づくのは、

ただ外からの答えを待っているわけではなくて、

自分の望みを知るためのよい方法。


だから、むしろ、

それぞれが自分の内側にある

心からの望みに気づき、語り、


どんな社会で暮らしたいのかを、

まずは志を共にする仲間たちと、

新しい価値観を実現するコミュニティをつくり、


日々のささやかなところからでもよいから実践して、(←今ココかな)


そしてそのコミュニティ自体が、

またそれぞれにつながっていく、

というように、

みんなで共有していくといいんだろうな。




頭のデータだけで判断しようとすると、

過去の価値観にとらわれるので、


心からの望みを知るには、

自分の内側にあらわれてくるものすべてを、

あるがままに受け止める、

“ プレゼンス自己 ” でいられるといい。

http://chie909.jugem.jp/?eid=935 



例えば、

新しい生き方のインスピレーションが浮かんでも、


過去の価値観にとらわれた

内なる批判者と

同化してしまっていたら、


そのアイデアを、

「馬鹿馬鹿しいよ、

ありえないよ。」

なんて、否定してしまうかもしれない。


けれども、

100年以上前に、


まわりの人にあきれられながらも、

人は空を飛べるはずだと信じて

チャレンジした人がいるから、

いまわたしたちは飛行機で空を飛んでいる。



せっかくの新月エネルギーがあふれる時だから、

わたしも、どんな社会で生きたいのかを、

ありありとイメージしてみよう。

ざっくりとではあるけどね。

(これから具体的に落とし込むよ^ ^)



それぞれの人が

本来の自分の良さを育む教育と環境


喜びや愛や調和、

心からのニーズを満たすサポート力

が豊かさのバロメーターとなり、


喜びや愛のエネルギー交換が、

豊かさ、つまり経済を循環させる。


消費ではなく、

地球の資源を生かして循環させる生活、

そこに基づいたクリエイティブな社会、文化、の発展


などなど。



豊かさの基準が喜びと愛にかわれば、

人は本来の生きる喜びを思い出せる。



循環型の経済、社会のしくみは、

人の根本的なニーズを満たすものだ。

なぜなら、

人の身体は地球の一部なのだから。


無意識にでも、

それを損なう生き方をしている限り、

心から安心することが

難しいのではないだろうか。



地球とつながる人の身体からの知恵を受け取れば、

フリーエネルギーの開発も進むでしょう。


他にも、循環型でありつつ発展していくアイデアを

宇宙のサポートを受けつつ生み出せるほど、

宇宙のしくみとつながった人は、

豊かな創造性を発揮できる存在になるはず。







ショックな出来事、

うまくいかないと感じることがあっても、


今起こっていることを見つめ

必要な対策をしつつも、

(今はコロナウィルスの

感染を予防、感染の拡大を遅らせる、

それぞれに助け合う

に努めるのがいちばん必要よね。)


ただその不安に同化するのではなくて、


願い事を叶えるには、

もうそうなったかのように具体的にイメージして、

そうなった喜びをありありと味わうとよいよね。




着ぐるみをきて 笑

 

わたしは、ゆるゆるにだけど、

毎日、自分の内側に触れる時間をとって、

セルフフォーカシングをしてる。

 

最近、イメージででてくるのが、

猫っぽい着ぐるみをきた女の人なんだよね。

 

わざわざ分析して意味を見つけようとはしないので

(今、身体からでてくる感覚やイメージは、

わたしにとって未知のことを伝えようとしている。

だから、過去のデータ参照はしない方が良いから)

 

 

そうしてたら、ふっと自然に、

あ〜ぁ、そういうことか( °ω° )!

って分かったんだよね。

 

 

どういうことかというと。。

 

 

少し前に書いた、

ぬいぐるみを引きずってでてきた女の子の話を覚えてるかな(^-^)?

イメージング

 

 

その子(わたしの金星)は、その後のイメージの中でも、

ずっとぬいぐるみを抱いていて、

大事にしてるふうだった。

 

わたしは何となく、このぬいぐるみは、

わたしの中の “ 月 ” だな、

てことはわかってた。

 

 

それでね、

 

今日わかったのは、

この着ぐるみをきた女性は、

あの女の子とぬいぐるみが、

一体化しようとしている感覚なんだ!

ってこと。

 

つまり、分離していた、

わたしの中の水瓶座の月と、

獅子座の金星が、

いままさに統合されつつあるみたい。

 

ちょっと興奮する 笑

おもしろくて。

 

自分の中の人格が統合する、とは、

ある意味、

新しいわたしになる、こと。

 

 

どんなわたしになるんだろ。。

╰(*´︶`*)╯♡

 

 

 

着ぐるみ、といっても、

イメージはこんなハイブリッドな感じよ♪

 

 

 

 

おしゃべり魂

 

今日の午後は、友だちと素敵なカフェでお茶。

彼女はほんわかしているけれど、

実はけっこうエッジが効いているので刺激があって、

わたしの話もおもしろがってくれるので、

わたしのおしゃべり魂が満たされてる、いま♪

 

 

昨日の夜はオンラインのNVC(共感コミュニケーション)の勉強会。

まだ始まったばかりで、

手探りの感じも新鮮で、これからどうなるかが楽しみ。

 

 

そして、今夜は、5年目に入るサビアン研究会(オンライン)

この星座の世界の探検のような宝探しのような、

それぞれ個性的なメンバーとのやりとりは刺激的な発見があって、

いつまでたってもワクワクは続いている。

(レポートはハードだけど)

 

 

 

いまは明日の占星術セッションの準備の合間に、

こうしてブログを書いている。

 

毎日のように読んでいるホロスコープだけれど、

占星術は、つきない泉のように、

いつでも新鮮な喜びをあたえてくれる。

 

 

こうして丁寧に感じてみると、

いまわたしの手元にあるすべてが愛おしくて、

わたしをサポートしてくれているんだなぁって分かって、

あらためて幸せを感じてる。

 

 

わたしの内側で隅っこに隠れていた金星、

ぬいぐるみを引きずった小さな女の子(イメージング)が、

ちゃんと見てもらえて、

伝えたかった気持ちを受けとめてもらえて、

安心しているから。

 

 

こうして、離れてさびしがっていた自分の一部が、

わたしという全体に溶けこんでひとつになると、

わたし自身がまるっと満たされて、

さらに安心と信頼がふえていく感じ♡

そして見慣れていたはずの世界が、

洗われたようにクリアに、

輝いて見えてくるみたい(^-^)

 

 

 

 

イメージング


先日の新月は、わたしによく効く星まわり。


新月の後、わたしの内側では、

ぬいぐるみを引きずった小さな女の子が現れていて、

ゆったりリラックスできる時間には、

心の中でその子と過ごしていた。


わたしのホロスコープでいうと、

この女の子は、隠された部屋(12ハウス)にある金星の一面だなぁって感じる。


わたしの金星と向かい合う月は、

6ハウス(人の役に立つ、協力し合うことをしやすい)にある上に、


水瓶座でもあるので、


みんながよりよいように、

全体のしくみづくりに関わりたいし、

それぞれの人が自分らしくあるのが喜び。



わたしの金星は獅子座で、

ただ素直にわたしのままで、

思いきり愛されたい。

愛する人たちとともに、

好奇心のままに今やってみたいこと、

ワクワクする遊びを楽しみたい。



この月と金星の願いを、

バランスよく叶えられたら、

わたしは安心と幸せを感じやすい。




わたしは、すぐにこの金星の望みを後まわしにしてしまうところがある。


秘密の部屋の12ハウスにあるってことは、現実の忙しさにまぎれて、

金星の望みを見失いがち、とも読めるのが、なるほど、って思う。


(あらためて、ホロスコープは自分との対話にすごくいいよ。

そのやり方を伝える講座もしたい♪)



いま出てきている小さな女の子。


はじめは、大きなドアを開いて、

自分の体の大きさの3分の2くらいあるぬいぐるみを引きずって登場した。

(イメージはささやかな設定もけっこう重要な意味があったりする)



はじめはさびしそうなところもあったけれど、


しばらく寄り添って過ごしたら、

今は楽しげにしている。



わたしは水瓶座的に、

みんながより本来の自分を生きられる世の中づくりに、

ちょっとでもお役に立てたら、

とても充実するしうれしいから、

今そういう仕事ができるようになったのが心からの悦び。

(何かの土台をつくりあげるには、

それに集中する時期も必要と思う。)



とともに、

ここまで来られたのを大切にしつつ、

さらに心から望む働き方をすることと、



自分が好奇心のままに望むことを、

できるかぎり叶えて、

子どものように無心に、

この女の子と一緒にただ楽しむも、もしよう♪

と心に決めたこのごろ^ ^



もっと肌が強くなったら、

猫も飼おう♡

犬も好きだし、小鳥も好き。

乗馬も興味あり。

生き物だいたい好きだけれど、


猫はいちばんわたしの金星をのびのびさせる作用が強いかな。



近い過去を生きた人々からの私たちへの「手紙」を読む、ということ

 

さいきん、仕事用のブログのほうで、

占星術というモノサシでいまの時代を読むシリーズを(勝手に)連載中。

よかったら読んでみてください(^.^)

 

プレ水瓶座時代編〜占星術というモノサシで今の時代を読んでみる その1

 

 

星のうごきを時代にあてはめて理解するには、

歴史を知ることが必須なので、

(人のホロスコープを読むには人間理解が欠かせないのとおなじだね)

 

あまり歴史が得意でないわたしは地道に勉強しつつ、

書いております。。。

 

 

世界史がわかるやつ〜と図書館でいくつか本を開いてみて、

あーこれは分かりやすいな、と思ったのは、

 

『早わかり世界近現代史』宮崎正勝著

 

 

そして、この本の「はじめに」

を読んだらなんだか泣けてきた。

 

ちょっと長いけれどこちらです。

 

 

**********

 

 

新たな世紀を間近に控えた西暦2000年の年末、

街にベートーヴェン「第9交響曲」の

「歓喜の歌」のメロディが流れていました。

 

この曲を聴くたびに、

私は「ベルリンの壁」崩壊後に訪れたプラハ(チェコ)のカレル橋の上で、

いくつもの輪をつくり、歌を歌っていた青年たちの表情を思い浮かべます。

 

社会も人間と同様に「なまもの」で、次々と姿を変えていくんだな、

と、そのときつくづく思いました。

 

歴史には、閉塞感に沈む時期があり、

高揚感に満ちた時期があるものです。

 

最近、私は「現代史」を、

2世代あるいは3世代前の人々が参加してつくりあげた、

壮大なシンフォニーではないかと考えています。

 

以前聞いた、ロストロポーヴィチというロシアのチェリストの、

「楽曲は作曲家からの手紙である」という言葉がなぜか耳に残り、

やがて「歴史」も「楽曲」と同じではないかと考えるようになったのです。

 

彼は、ソ連の官僚システムを批判する『収容所列島』を書いた作家ソルジェニーツィンをかくまい、

ソ連を追放された気骨のある演奏家です。

彼の勇気は、結果としてその後の「ベルリンの壁の崩壊」を準備しました。

 

「近現代史」は愚かな蛮行、失敗、野望などが横溢する

試行錯誤の過程のように見えるかもしれません。

しかし、実際には多くの人々の切実な生活の累積から成り立っています。

 

とくに現代史は、

近い過去を生きた人々からの私たちへの「手紙」であり、

私たちが戸惑いながら踏み出そうとしている「未知の時代」を読み解くための「地図」だと思います。

本書がいささかでも「現代史」との対話のきっかけになってくれれば幸堪です。

 

 

**********

 

 

 

 

この文章を読んで、

 

ホロスコープと、本人との対話を通して、人を過去から現在、

そして未来へと理解しようとするセッションと、

 

ホロスコープと、近い過去を生きた人々からの手紙:現代史、を通して、

いまを生きる私たちのDNAにひそむ意図を紐解こうとする、最近はじめた試みと、

 

それらが、曼荼羅のようにかさなりあって、わたしのなかで腑に落ちてきた。

泣けてきた理由はきっとそれだけではないけれど、

そうだったのか……とわたしの核に触れる感覚はこれが大きい気が今はする。

 

 

いま私のなかでおこっている変容が落ちついて、もっと理解できたころに、

このことをふりかえりたいと思うから、覚え書きとしても書いておこう。

 

 

 

昨日くらいから(牡牛座満月だったね!)こんな感覚を胸に抱きつつ、

さっきラジオから佐野元春さんの someday が流れてきたら、

また泣けた。

 

 

 

 

 

ほんとうに、いい歌。

 

 

 

 

魚座の23度『 Spiritist Phenomena 』のエネルギーをもつ彼は、

すこし先を走りながら時代の心をとらえ、

みんなに伝える詩人:メッセンジャーなんだなぁと思う。

 

 

 

 

 

『プラチナチケット』

 

”謎はいつもそこに” というブログをときどき読んでいる。

 

作者のサチコさんは、霊能者。

 

目に見えない世界のことを書いているのが不思議で興味をかきたてられておもしろいし、

 

目に見えない世界からのメッセージもあるけれど、何よりも自分が感じること、自分の意思がいちばん大切だ、というスタンスで書いていると感じるので、共感できる。

 

こちらの記事、いまの変化の時期を過ごすヒントが、わたしの気持ちにもしっくりきたのでリンクしておきます。

 

なぜ、それがイヤなのか?

 

なぜ、その状況が苦しいのか?

 

なぜ、その癖や習慣が手放せないのか?

 

とにかくじっくり眺めて・味わって・感じてみてください。

 

この時期出ているものは総決算的かもしれませんが、トラウマとかインナーチャイルドとかじゃある意味なくて。

 

いや、それもあるんですけど、この時期出ているものは「プラチナチケット」みたいなものなんです。 ご当選おめでとうございます🎊

 

その揺さぶられる「何か」は、いよいよあなたから解放されるために浮上してきました。

 

解放へのプロセスは、とにかくじっくり眺めて・味わって・感じてみること。(大事なことなので二回目)

 

blog 謎はいつもそこに『魂の闇夜に』より

 

プラチナチケットってたとえが素敵(^-^)

 

来年のはじめには、空で土星と冥王星とが重なる。いま変化をつくりだしている星たち。

かなり重くシビアな組み合わせ。

このあたりがいまの流れのひとつのピークともいえるね。

 

その後、保護と拡大の木星と冥王星が重なる。

いま登っている険しい山の頂上のその向こうには、大いなる豊かさと発展の可能性。

とも読める、ざっくりだけど。

 

輝く未来へ。

 

 

ちなみに彼女はアーティストでもあり絵も個性的で素敵だし、肩の力を抜いて書いた漫画もおかしくて笑えて好き。

 

 

 

******

 

10月の星読み、アップしました(*^^*)

 

 

余白のシーン


ずっと、強弱はありつつ、家族のことで、覚悟や本心をためされているような時期ではあるのだけれど。


そのとき、そのときで、目の前の出来事と自分のできることと、心が揺れながらも、向き合っていくしかないなぁと思う。


家族ってやっぱり根っこで深く関わるから、感情もゆさぶられやすいしね。


自分の中にわきおこるいろんな感情も、ほかの人のものも、「そう感じているんだよねぇ」とたんたんと受けとめられるといいけど。


なかなかに。

揺れる気持ちもそれ自体が揺れるままに受けとめてもらいたがっているわけだから、しばらくは揺れていてもいいのかもしれない。

揺れるわたしの心の隣によりそう気分でみていよう。




そんな気持ちでいると、つい最近観た映画、小津安二郎さんの『東京物語』の空っぽの部屋のシーンがよみがえる。


人々が立ち去ったあとの、空っぽの部屋をしばらく映しているシーン。


占星術の研究会の仲間が、それを“余白“とよんで気になったと言っていた。

彼女は、言葉にならない繊細な感覚をとらえるのがうまい人だと思う。


人が立ち去った後の部屋には、残された感情の残像みたいなものがあるのかもしれない。


そこには登場人物の気持ちに重なるように、自分自身の気持ちも映しだされているんだろう。


余白のシーンは、それをじっくりと見つめる時間をつくりだす。

そういう“間”も、オズ映画の味わいなんだろうね。




世界ベストワンの評価と、『東京物語』を観たわたしの感覚とはまだすっかり一致はしていなくて、その間を埋めるほどにもっと深く理解してみたいと思ってしまう^ ^



苺泥棒


ウィリアム・モリス展に行ってきた。


椅子や壁紙やタペストリー、テキスタイル、製本、などなど、生活を美しくするものたちを、どんどん産みだしていったバイタリティーがすごいなぁと思った。


幼い頃、自然に親しむ暮らしのなかで磨かれた感性。

そこから産みだされる模様は、単なるパターンではなく、描かれた植物や鳥のイキイキとした雰囲気が魅力的だった。



インテリアに使うなら、わたしの好みとしては、壁ぜんたいを華やかな壁紙にするのは、盛り盛り過ぎって感じるかな。


白い壁に、あのテキスタイルを額に入れて飾るのは素敵と思った。


壁紙も、ソファのカバーも、カーテンも、あちこち絵柄が主張していると、落ちつかない。


どっちかっていうと、ミニマムな雰囲気が好きかも。。




とはいえ、有名な “ 苺泥棒 ” も間近でみられて満足。


やっぱりいちばん人気なのか、グッズにたくさん使われていたデザインだった。


これはスタンプ

なんとなくとぼけた鳥の顔に味わいがあってかわいい♪



プリント技術がまだ発達していない時代、藍染に、赤や黄色をどう染めるか。


試行錯誤をくりかえして、自分がイメージしたものを産みだす姿には、「そうだよね、一回で思うようにできなくてもあたりまえ、ものづくりってそういうもんだよね」、と励まされる。



テキスタイルの画像はこちらでみられます^_^

https://william-morris.jp/works/textile-strawberry-thief.html 







心を解くもの


わたしのしている心理占星術のご相談では、ホロスコープからその方のもつ可能性をお伝えすることも大切なんだけれど、そのまえに、生まれ育った環境のなかで、身についてしまったネガティブなパターンに気づき、解いていくこともとても大切にしている。


これはタロットリーディングでもおなじ。


我慢しすぎるとか、無力感だとか、過剰に無理をしてしまうなど、苦しみを無意識につくりだしてしまうパターンにとらわれていると、本来ならば自然にわきあがる、イキイキとした生命力や、創造力や、愛する気持ち、が抑圧され、素直にあらわせなくなってしまうから。



過去に身につけてしまった苦しいパターンを解くとき。


苦しかったことを思い出し追体験するのはおすすめしない。

追体験では、むしろ痛みがまたあらたに生まれてしまう。さらには、苦しいパターンが強固に残ってしまうこともある。



そうではなくて、その時に自分が、こういう風に感じていたんだね、と感情をあるがままに認めて寄りそう。


(その感情は、悲しみや寂しさのこともあるだろうし、もっと細やかに自分の身体にしっくりくる言葉を探る。)


ただそれだけで、過去からずっと心の底に残っていた感情は変化していくものなんだよね。


その悲しみが一度の受容ですぐにすべてが癒されないとしても、あるがままに、そこにあることを認めて、寄りそう、を繰り返していくうちに、やわらかく解けていくの。


これはわたしはフォーカシングをとおして、徹底的にやってきたし、今はその習慣が身についたので、なにやら悲しくてモヤモヤするときには、いつでも丁寧に自分の心に寄りそう。



人の心はいつもコロコロと動いているもの、だから心というんだとか。


誰の心も、楽しさやうれしさを感じ続けるように、悲しみもせず苦しみもしないようになることはない。


(とても強いショックを受けて、なにも感じないようにする、場合はある。その場合は、なにも感じない、というのがうわべで感じていることで。そのうわべの蓋の下には、かなり深く重い“感じ”が閉じこめられていることになる。)



悲しみや苦しみが生まれたとき、それらを抑えこんでしまったり、過小評価したり、なかったことにしたり、ねじ曲げて受けとったりせずに、心がモヤモヤしているときには、そのままに認めてただ寄りそう。


そうすれば、必要な時間をかけて、痛みはしだいに解けていく。解けきらない部分があったとしても、それにふりまわされずに、しなやかに扱えるようになる。


(強く印象に残る出来事にまつわる感覚が、すっかりなくなるというケースはあまりなく、ただ、生々しく固く絡まっていたものがやわらかく解け変化したり、すこし離れてみることができるようになったりする、のだと思う。


だから、すっかり癒して手放そうとか力む必要もない。ただ生々しく同化はしないだけ。


心の中に居場所をつくってあげて、“それ”が呼ぶときには、いつでも寄りそう。自分の中に、そういう悲しみや痛みの居場所を持っている人は、優しくなるのかもしれないね。)



そうすれば、いつまでも悲しみにとらわれ続けずに、軽やかに、今を大切に生きていけるってこと。


いまイキイキと感じている、持って生まれた力を試す喜びや、大切なものたちに感じる愛おしさを、そのままに育み表現できる自分でいたいから、わたしは、フォーカシングを身につけて本当によかったな、幸せだな、って思う。